誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」。
広い埼玉の片隅に、とあるマニア達から密かな人気を集める不可思議な場所があると言う。
かつて隆盛を極めながら、現在では人影さえ見ないと囁かれるその地は、なんと廃墟として
たびたび名前が挙げられるそうなのだが……。
もしそうなら、これは格好の心霊スポットではないのか?
あわや季節外れながら、そんな噂の真偽を求めて、
今回お邪魔したのは、東武伊勢崎線は松原団地駅。
そのダイレクト過ぎるにもほどがある駅名に冠された団地の界隈が
ゴーストタウン化していると言う触れ込みをたどって、
カメラを引っ下げやって来たはいいものの、
えっ、めっちゃ人居ますやん……。
ほど近くに私立大学を擁する駅前の周辺は、深夜営業のスーパーにはじまり、
カフェや図書館はたまたスポーツジムに至るまで老若男女誰でもバッチリ☆な
住環境の優れっぷり。
それも然もありなん、ここはかつて東洋最大規模とも謳われたまさに
ゴーストタウンならぬ一大ベッドタウンなのである。
数年前の東京スカイツリー開業を受けて、かの地まで三十分以内で
出られると言う好立地が功を奏し、近年では再開発が進められているのだとか。
こんな大都会に、果たしてこの連載で特集するべきゆるスポットなんてあるのだろうか?
些か不安になって来たところで住民の方にお話を伺うと、
「もう少し歩くとしょっぱい景色が見えて来るよ」とのお答え。
その「しょっぱい」と言う言い回しに足を急がされ、現在最も入居者が少ないと言う
地区まで短兵急に駆け抜ける。
うん、確かにしょっぱい。ここに向かっている最中には合点が行かなかった形容も、
いざ来てみると納得のしょっぱさ。その外観から察するに人気は少なめのようだ。
大きく分けてよっつの地区で構成される松原団地内。既に再開発の手が入って
小ざっぱりした駅前のA地区とは雲泥の差ながら、この辺りは何処か味のある趣きを残している。
それぞれに郵便局や公園それに児童館を有するところに、所謂ひと昔前の健全な
公団の名残が感じられると言えそうだ。
ここは商店街と銘打たれているだけに、たくさんのお店が入っているようなのだが、
今となっては立派なシャッター街となっている。
この奥手側にはお米の販売を呼び掛ける看板も掲げられているものの、どう見ても売っていそうにない。
ここから最も近場の食材店は東武ス□アとか駅前の○ルエツのようだが、最寄りと言えどもかなりの距離がある。
全国各地に点在する公団と同様に高齢化が進んでいるはずの住民の皆さんにおかれましては、
是非ともネットスーパーを駆使して頂きたいところ。
さらに奥手へと歩みを進めて行く。しかし、これが不思議に誰とも出会わない。
まるでSFホラー映画の名作『28日後…』のようじゃないかと思いきや、近所にあるらしい
小中学校から漏れ聞こえる威勢のよい喚声の存在感に後押しされ、むしろ安心感すら覚えはじめている
始末。過剰に囃し立てる者もあろうが、ここは”廃墟”と言うより閑静な住宅街と呼ぶべきだろう。
とは言え、なかには「ここに本当にお住まいの方がいらっしゃるのだろうか?」と
若干疑いたくなるような棟もあったりする。
自分で書いていながら「おい、失礼だろ!」とは思うのだが、家屋自体の老朽化を含めて、
これはこれで味がある。前述したA地区もタワーマンション化の寄る波に飲まれる前は、
こうした情緒を保っていたに違いない。
この場所にも、ほかの地区と同じく公園はありながら、その主役とも言える肝心の子供達の姿は見えなかった。
ここで盛んに野球に興じられたこともあったのだろう。
その一球に熱の籠もるあまりに→まさかのホームラン→ご趣味の盆栽に当たって雷さん激おこ☆
みたいな展開があっての張り紙と見受けたが、誰も居ない
今ではそれもひたすら寒々しいばかり。
こんなに無意味な掲示を、我々はかつて見たことがあるだろうか。
余談だが、以前伺った盆栽美術館で頂いた解説によれば、最も希少な鉢には
値段を付けることすら出来ないと言う。
『ドラ○もん』をわくわくしながら観ていた子供の頃には恐ろしく思った神成さんだが、
大人になった今にして思えばあんなお説教程度で済ませてくれる温もりティは半端ないことこの上ない。
そう思うと、この申し訳程度にしか見えない張り紙の覇気のなさも優しさなの…か…?
この寒空の中で一人きり思想に耽るにはお誂え向きの公園を後にして、別の地区へも足を運んでみることに。
こんな大通りにも関わらず、人っ子一人姿が見えないじゃないか……。
事前に交番で手渡された地図によれば、こちらに来るに連れて人通りが増えるはずなのに、
まさかの0→0人とは、これいかに。優に200m超はあろうかと言う道路に走る車を探すことは、
ついぞ出来なかった。
どんなにスピードを出そうが逆走なんかしちゃおうが、誰にも迷惑を掛けなそうな無人っぷり。
こんなに無意味な掲示をかつて見たことが(ry
団地内はやや開放的な様相で、そこかしこに設えられた遊歩道では、季節感を楽しむことも。
現在は紅葉も相俟って、このまま映画になりそうなロマンチックな雰囲気を持っていると言うのに、
それに浸ろうとしたセンチメンタルを襲う、まさかの無慈悲な体たらく。
こんなに人気のない場所で、これこそ無意味な(ryと言いたいところだが、
その背後にある嫌におどろおどろしいペンキ片のせいで、はっきり言って、それどころではない。
さっき足早に駆け抜けて来た道を同じしょっぺーと言う理由で、早々に失礼します。
今日では埼玉県のみならず、全国区においてひとつのブームとなっているらしい各都市の再開発。
この松原団地も例外ではなく、どんどん建て替えられて行っている様子が見て取れる。
この都市計画が滞りなく進めば、日本中から”より美しくない景観”は消えてなくなる。
ついでに、しょっぱいと言う概念も。
そんな松原団地の周辺にある、最近では珍しくなった純喫茶にて。
落ち着いた雰囲気の店内では、その専門店らしくあらゆる種類の珈琲を堪能することが出来る。
どんなに時代が移ろおうとも、柔らかい白熱灯の下でスタンダード・ジャズに酔い痴れながら
過ごす古き良き空間のことも是非忘れないで欲しいものである。
【今回取材させて頂いた松原団地駅】
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