誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」。
昨今では海外における侍ブームや歴女達の存在で、再び光が当たりつつある武士道。
巷には「武士道とは死ぬことと見つけたり」とはよく言われますが、
「じゃあ、そこに連なる居合道とは何と見付けたらいいの?」、そんな疑問の答えに迫るべく、
今回は埼玉県居合道大会にお邪魔して来ました!
今大会の会場となった埼玉県立武道館に到着すると、そこには日曜の午前早くだと言うのに結構な人数の
方々が集まっていました。その出で立ちを見るに、どうやら大会に参加なさる選手団でいらっしゃるご様子。
流石に平素から自己鍛錬を怠らない武士道の継承者、早朝から気合が違います。
早くも感銘を受けつつ会場内へ入って行くと、ほどなくして厳かに開会式が始まります。
それにしても、この一糸乱れぬ整列振り。特に意識せずとも、ひとつの目標に向かって
邁進なさる皆さんにとっては自然な成り行きなのかも知れない。
しかし、試合上の諸注意や規定の説明に混じって「今回のお弁当は奮発しちゃいました!」の
一言によって、その場は一気に和やかムードに。でも、そこは、うん。大事ですよね!
無事にお式が済んだ後は、代表選手による演武の流れ。
はじめて居合道を拝見した筆者にとってそのあまりの美しさは息をするのも忘れてしまうほど。
それはこれから試合を控えたほかの選手の方々にとっても同様だったようで、
話し声は疎か鼻息ひとつ漏れぬ静寂が辺りを包みます。
今回の取材をお願いさせて頂いたのは、埼玉県剣道連盟居合道部様。
「えっ、剣道と居合道ってまったく別物なんじゃないの!?」と思っていたのですが、
こちらは剣道を極める一環として日本刀の所作にも習熟すべしとはじめられたものだそう。
その起こりから模擬刀や時には真剣を使って(!)、いかに合理的に架空の敵を斬るかという
まさに自分との勝負なのです。従って、お互いを傷付け合うことは絶対になく、その刀を
抜かない事実をして「鞘の内」と呼んで誇りに思っている選手も多いのだとか。
ご覧の通りに試合は二人一組を紅白に分けて行われ、
より技術が高いと認められた方が勝ち進んで行くトーナメント制となっています。
取材のお願いをお申し入れした際の「年齢層や性別にこだわらずに、あらゆる方に門戸を開いています」
というお言葉の通りに、会場内には何年も居合を続けて来られたであろうご高齢の方からお若い人まで多様にいらっしゃいました。
こんなに年齢差や体格差があっても同じ土俵で戦えるなんて、ほかのスポーツにはない特色で、まさに居合道ならでは。
「じゃあ、まさか女の子もいらっしゃるんですか?」との筆者の質問には、
いともあっさりと「もちろん居ますよ。最近はどんどん女性の方が増えています」
なるご回答があったことをふと思い出す。
その言葉に偽りはなく、こちらも老練かと思しき方から、
なんと下は小学校低学年くらいの可愛らしい女の子まで!
一見すると武道とは無縁に見える少女も、ひとたび刀を握れば
その表情は真剣そのもの(でも、握っているのは模擬刀だそうです)。
大事な試合を前にして、最後の練習に精を出されている選手の皆さん。
その近くに居るだけで、圧倒されるような覇気を感じます。
そのお一人にお話を伺ったなかで「そう言えば、剣道ってオリンピック競技になっていませんよね?」のような
少々不躾な質問をお訊きしたら、「うん、だってなりたくないと思ってるからね」
というまさかの勝気な発言を繰り出された。
その真意をお話し頂くと、確かに納得の理由がそこにはありました。
曰く、「居合道の理念は、『その修練を通して他者を敬うことの出来る自己鍛錬』である」とのこと。
たとえ試合に勝ったとしても、それは自己を高めると言う過程のひとつに過ぎないため固執し過ぎることは
禁物なのだとも仰っていました。そのためほかの競技には珍しくガッツ・ポーズを決める選手は一人も居ないのだとか。
他者への敬意を持って戦うことから、審判団に対してはもちろんのこと、
試合前には必ず対戦選手とお互いに礼を交わします。
この記事を書いている現在は、まさにW杯もたけなわの頃でして、目下スポーツの天王山と言われる
夏という季節も相俟って、いろいろな試合を目にする機会がちょうど増えています。
だからこそ、今までに見たこともないほど和気藹々とした雰囲気は、ここは本当に試合会場だったっけ?と
疑い出したくなるレベル。やはり件の自己鍛錬がそうさせているのでしょうか。
なかでも一際楽しそうな山村国際高校の皆さんに写真を撮らせてくれるようお願いしてみたところ、
何の注文もつけてないにも関わらずに、こんなポーズをとってくれました。
うーん、みんな仲良しなんだなあ。
この山村国際高校には、同じく埼玉県内で実績を誇る埼玉栄高校と並んで、全国的にも珍しく居合道部があり、
みんなはその部員なのだそう。無理を言って、女の子達も撮らせて頂きました。
右から先程まで大会に出場していた中島さん、制服の二人はまだ新入部員さんで試合には出ていないそう。
一番左の方は部長さんかと思いきや、なんと顧問の先生でいらっしゃいました。
そう言えば、さっきから美男美女ばかり見掛けるけれど、これも自己鍛錬の結果なのだろうか……。
いくら刀が武士の魂とは言え、そこ彼処でむやみに抜いてはいけないので、
「試合の時以外は携帯したりしないよ」の図がこちら。
実は剣道で使う竹刀とは違って、相手と直接剣を合わせることのない
居合道には正式な刀の規格はなく、おのおのが好きな素材やサイズのものを選んで使用することが認められているのだとか。
よく時代劇なんかで「俺の相棒」なんて刀を握りながら言っているのを見ますが、
その持ち主にとってはまさに唯一無二の存在ってことなんですねー!
折角なので、鞘から抜いたところも見せてもらっちゃいました。
これが試合で振り下ろされれば迫力ある音とともに架空の敵を一撃で倒せてしまうのだから、
模擬刀と言えども、そこに込められた想いは間違いなく本物です。
毎日欠かさず手入れをするそうなので、自分だけの相棒という感覚は、
こんなさり気ないところからも生まれているのかも。
こちらが優勝した細江君と、同じ居合道部のお友達。細江君に将来の夢を訊くと、「居合道衣のお店をやりたい」と
なぜかお友達の方が答えてくれました。
そうだよね、さっきから黒と白の道着しか見ないもんね。
これからは是非ファッショナブルな道着を作って居合道界をリードしてください。
今回の取材で大変お世話になった埼玉県剣道連盟居合道部事務局長の松本さん。
なかなか偉い方にゴーサインを出して頂けないなかで、
何度も掛け合ってくださるなど多大なご尽力を賜りました。
この記事にある居合の知識の多くは、松本さんのご教示によるもの。
一連のご厚意に謝意を申し上げると、「これからもどんどん居合道が発展してくれることを願っていますから」と
真摯に答えてくださいました。
答えてくださっているついでに、「白と黒以外のファッショナブルな道着はアリか?」とお訊きしたところ、
「白と黒以外でもアリですが……まあ、あんまり華美過ぎるのは頂けませんね」とのこと。
けしかけちゃって申し訳なかったけど、残念だったね、細江君。
その後、試合前と同じように選手の方々に混じって演武を観賞して、
入賞者への授賞式と閉会式で大会はすべて終了。
その演武について達人の技を是非撮って来たかったのですが、そこは流石に巨匠の技、
カメラなんかにやすやすと収まってはくれませんでした。
いろいろなお話を伺って、実際に拝見した結論としては、「居合道とは自己鍛錬することと見付けたり」。
誰に対しても敬意を忘れない皆さんに温かく送って頂き、
次回があれば必ず巨匠の技をリベンジしてみせると誓う筆者であった。
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