誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」。
そろそろ木の葉も色付きはじめて、一層秋も深まるこの頃。ことさらに紅葉が持て囃され、その名所に
こぞって観光客が押し寄せる秋にこそ美しい深緑を拝みたいもの。そんなちょっぴり天邪鬼な希求に駆られつつ、
今回はさいたま市にあるとある美術館にお邪魔して参りました!
とは言え、今にも木々は落葉しそうなこの季節。行く先々の街路樹でさえ色を変えつつあると言うのに、
果たしてこんなシティの何処に深緑があると言うのか……。
まさか美術館だけに書き割りの葉っぱじゃないだろうかと訝りつつ、ふと目に入ったこの
看板のインパクトをして妙に納得。確かに盆栽なら、いつでも目に眩しい緑を見せてくれそうです。
お目当ての場所に行くまでの道すがらを飾る樹木は、その葉の色を変えていたり落としていたりで、
既にすっかり秋の面持ち。
それにしても美しいにもほどがある道のりは、ここが我が県切っての大都市の一角だということを思わず
忘れてしまうほど。これから臨む芸術品への期待をぐいぐい高めてくれちゃってます。
それもそのはず、こちらの盆栽美術館へ向かう道すがらを有するは、驚くなかれ盆栽町。
その名に恥じぬ趣きで、何処を取っても絵になります。例えばそう、こんな路傍の岩までも。
普段なら気に留めもしない光景も、こうして思わず写真に収めたくなるのは、それこそがまさに
盆栽マジックのなせる業かも。
そんな侘び寂びに早くも目を取られながらたどり着いた目的地で出迎えてくれた告知がなんと
まさかの世界レベル。世界盆栽大会なんて催しがあったことにもビックリですが、その歴史が実は
ここさいたま市からはじまって各国に広まり、また帰って来たってことにもビックリ。
これは確かにおめでたい。筆者からも、こっそりおめでとうございます!
そう、こちらは、その名の通り盆栽だけを特化して展示している
全国的に見ても大変に珍しい美術館。埼玉県のみならず世界初にして、現在でも唯一公営を誇っていて、
同市内に位置する鉄道博物館・近郊に隣接する盆栽村と並んで、外国からのお客様も多いとのこと。
建物内は意外にも開放的な雰囲気で、これなら普段あまり盆栽に縁のないお若い方でもふらっと気軽に立ち寄れそう。
早速覗かせて頂くと、平日のお昼前にも関わらず館内はお客様でいっぱい!
なんとか人のはけるタイミングが来るまで粘って、ようやく捉えた全体図がこちら。
この左右には隅々に至るまで盆栽と、その写真が展示されていて、
なかには、実際の盆栽を飾るための水石や卓(しょく)なども並べられ、あますところなく
鉢物の様式美を堪能することが出来ます。これらを求めてお見えなる方もいるそうで、早くも
盆栽界の奥の深さを二度見する羽目に。
この世に石に関する記念館は数多あれど、ここまで何の変哲もなく、さりとて想像を掻き立てる
蒐集品があるだろうか……。さっき見掛けた岩と言い、この盆栽マジックの効力が有効過ぎるにも
程があります。
そして、本日の真打ちとも言える念願の盆栽がこちら!
その葉は期待に違わず活き活きとして生命力に満ちあふれ、なんだか眩しくさえ思えて来る。
この床の間との相性もバッチリに見えますが、こうして室内に置いておくことは生きた樹木にとっては、
あまり適した環境ではないのだそう。
毎日閉館後には庭園の方に出していると言うことで、
折角なので、そちらも見せて頂くことに。ゆるりと広い円形の造園には、まるっと等間隔に
様々な種類の盆栽が置かれている。その光景は、なんとも圧巻の一言!
それにしても、これだけ一度に多くの盆栽を目にする機会を頂く日が来ようとは。この連載が
はじまった時には想像すらし得なかった、こんなメイン・カルチャーのど真ん中をお迎え出来るなんて、
同じ埼玉県ながら、思えば遠くへ来たもんです。
とは言え、ずぶの素人にとって、最初は盆栽の楽しみ方にさえ躓いてしまうもの。
何気なく周辺をうろつきながら目を泳がせていたところ、「最も盆栽が美しく見えるのは正面図」
だとのご助言を賜ったので倣ってみたの図。
おお、確かに絵葉書みたい!
それにしても、いかに日本文化とは言え、植物の一角を担う盆栽に裏表があるとは驚きです。
こちらの盆栽は、その名も双鶴と言って主幹が見事なまでにまっぷたつに分かれている。
どうやら職人さんによる人工的なお仕事によるものだそうで、最高傑作に昇華するかそれとも
朽ち果ててしまうかの一か八かの賭けの末に、こうして晴れてここに飾られていたりする。
流石植物界のエリート、その歴史には深浅あれど、どれも物語を持っています。
盆栽愛好家の間でも広く愛される懸崖と呼ばれるこちらの手法は、断崖絶壁と言う厳しい環境に
生えながらたくましく育った様子を表現したもの。片側に垂れ下がるように伸びる枝葉は
夢に出て来そうなほど特徴的です。
こう言った細やかな造形のひとつひとつも、実は職人技によるもの。
へえ、何気なく見えるすべてが実は細密な計算によるものなんですね!
一言に盆栽と言っても、その品種は実に多種多様。初心者にとっては盆栽=松のイメージですが、
ここには檜やなんとお花の盆栽もあったりするのです。
これは二十世紀初頭に朝鮮半島から持ち込まれたいわしで(岩四手)。
ちょっと視線を落とすのが通好みだと言うことでおずおずしゃがんでみると、
この青々とした葉が青空に映えて、これまた美しい!
この季節にしてこんな深緑が拝めるなんて、改めて盆栽の非凡な才能を感じます。
……お後がよろしくないようで。
とは言え、これらの盆栽も常緑樹とは言いつつ一年中深緑を湛えている訳ではないのだとか。
確かに鉢に植えられているとは言え、わずかな気候の変化や鑑賞環境に左右される繊細さは、
まさに私達と同じ生き物そのもの。
余談ですが、無類の盆栽好きとしてまず思い浮かぶ『サザエさん』の波平さんがそれをはじめた理由は、
一説には自分の頭と同じで、いつまでも不変だからだそうな。葉の色が変わったり落ちたりもするだろうに、
そこはフネさんが華麗なる内助の功を発動させているのだろうか?
こんな日本文化の中心地から、よりにもよって国民的アニメへ疑問を叫ぶ羽目になろうとは。。。
こうなったら、さらなる深緑を拝みたくなって美術館の二階から俯瞰してみることに。
こちらのバルコニーからは、庭園内にある盆栽のまた違った風情に出逢うことが出来ます。
週末や祝日にはカフェで軽食を頂きながら、ゆったりとした時間を満喫することも出来るので、
お一人様でも同伴者連れでも楽しめること請け合いです。
この日は平日につき、カフェに振られてしまったので、館内販売のこちらを購入して、
やけ酒ならぬやけサイダーを決めつつ、そぼそぼ家路をたどることに。
実は秋ながら少々暑かったこの日の喉を潤してくれるような優しい炭酸は、やや甘みの強いお味で、
その名も盆サイダー。盆栽と言う王道をして、まさかの駄洒落なる禁じ手を押して来るこの懐の深さ……
これからのシーズンは、人込みを縫って行楽スポットへ行くよりも職人と自然の粋を余すところなく
楽しめる盆栽美術館で決まりのようです。
【今回取材させて頂いた大宮盆栽美術館】
(木曜休館)
(※現在、記事中でもご紹介させて頂いた黒松の名称を募集中。11月30日まで。
詳細は公式ホームページ{http://www.bonsai-art-museum.jp/}にてご確認ください)
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